池田市のHPには、くわしくは載っていなかった。売り込む観光地とみなしていないようだ。駅の看板の一番上にある伊居太(いけだ)神社から行くことにした。
看板ぐらいあるだろうと思って道なりに歩いたがさすがにここまで来て通り過ぎたと思って、スマホで検索した。
結局、看板は一つもなくて、道路工事の人に聞いて分かった。
五月山の西の端の小高い所にあった。
日本書紀の応神天皇の記事に、天皇がアチノオミとその子供ツカノオミを呉に使わして、縫工女(きぬぬいめ)を求め、呉王が4人の工女を献上したことが載っている。4人は、兄媛(エヒメ)、弟媛(オトヒメ)、呉織(クレハトリ)、穴織(アナハトリ)と呼ばれた。帰途、九州に上陸した時、ムナカタノ大神が工女を求めたので、エヒメを献上した。津国の武庫(西宮市の武庫川河口あたり)に帰り着いたら、応神天皇は崩御したところだったので、オオサザキノ尊(後の仁徳天皇)に献上した。
地元の伝説では、クレハトリ、アナハトリはこのあたりに住んで織物の技術を広めたということだ。アナハトリの塚(埋葬地)の後にこの神社は建っているとのこと、主祭神はアナハトリだ。なお、伊居太神社の由緒看板では、アヤハ(穴織)と表記されていた。
境内社にはアチノオミ・ツカノオミが祀られていた。
なかなかの雰囲気の神社なので、もっと観光案内すべきだと思った。
駅からの道は173号線で猪名川沿い、能勢の妙見さんへの参道でもあるらしく、趣のある建物や祠やお寺が多い。
旧池田実業銀行本店、1925(大正14)年建築、鉄筋コンクリート。
道に迷って、予定外に時間をくったので、もう一つの神社は帰りがけにして、池田駅から川西能勢口駅に向かった。
用事が早く終わって、約束していた従兄弟夫妻との昼食時間まで余裕があったので、池田駅にもどって、もう一人の縫工女、クレハトリを主祭神とする神社に行った。
「くれは」と読む。
こちらの方は参拝客が数人いたがどちらかと言うと境内社の恵比寿神社へのお詣りのようだった。
時間の許す限り街を歩くことにした。
NHK「あさが来た」の主人公、広岡浅子が設立した旧加島銀行の池田支店だった建物。1918(大正7)年建築、木造モルタル造り。
酒蔵のようだった。いいにおいがした。
城下町の名残、鍵の手。
池田城跡。この建物は復元ではなく、想像で作ったものらしい。小高い丘の上にあり砦として格好の場所だ。室町時代の終わりごろまで、地元の豪族、池田氏の居城だったようだ。織田信長と荒木村重の戦いでは、信長が何回も陣地に使ったらしい。信長が天下を取ったあたりで廃城になったようだ。
見晴らしがいい。
池田駅にもどって、従兄弟と落ち合って、フグ料理をご馳走になった、おいしかった。
その後、東京にもどった。
いい街なので、いつか歴史散歩したいが、駅やネットで見た限り、そういうパンフレットは見つからなかった。
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