入口に橋がある家。
西検番事務所だった。
入口の内部。
ひがし茶屋街ほどは大きくない。さっと見物して、妙立寺にもどる。
取り壊しが始まりそうな雰囲気だったが屋根に河原の石?を載せて飛ばされないようにしている?お店の建物があった。
妙立寺の一部を裏から。見学の時、上の窓から覗いた。
セメントだったが、かっこいいお狐さん。
お寺の境内にねこちゃんがいた。みんなで「かわいいねー」と言ったら、近づいてきた。
望遠で。
どんどんやって来た。
方向転換して。
これを見せてくれた。時々こちらを見て、見ているかチェックしているようだった。
ひとしきり見せてくれて、去って行った。
予約だけで満員で、10分おきぐらいに20~30人ぐらいの単位で呼ばれて、3班ぐらいに分かれて案内される。狭いうえにいろんな仕掛けがあって、気を遣う。おもしろかった。30数年前に来た時にはがらがらだったのに。
このお寺は加賀藩前田家の祈願所で、徳川幕府や福井藩松平家に対する数あるあるかくし砦的寺院の司令部の役割もはたしていて、それにより数々の仕掛けがほどこされていたらしい。屋根の上の出っ張りは見張り塔の役割をはたしていたらしい。撮影禁止なので建物内写真はない。
にし茶屋街へは裏口からの方が近い。
再びにし茶屋街にもどって、アイスクリームや豆腐アイスを食べたり、甘納豆かわむら、落雁諸江屋などに寄りながら見物。すいていた。
すぐ近くの水引、水引細工のお店にも行った。
金沢21世紀美術館に向かう。途中にあった加賀友禅のお店。
到着。
超満員で入場券を買うのに1時間以上ならぶと言われて、あきらめた。
まわりの展示を見て回った。
内部。
行く候補になっていた駄美術展に行った。玄関前にシイノキの老大木がある「しいのき迎賓館」で開催されていた。この建物は旧県庁舎だ。
駄美術展は頭の回転が速くないと、なんのことだかわからない。ぼくはだいぶん苦労した。
一瞬わからなかったが、よく見ると、救命ゴムボートに乗っていた。こけしは外側を洋服のように脱ぎ捨てていた。
鉄条網で出来ている。
難解だった。
これはわかりやすい。みざる、いわざる、きかざる(写真では見えにくいが耳栓をしているのだ)。
これもわかりやすかった。
しばらくしてわかった。「溺愛」
これはおもしろい。
これには会場を出る寸前までひっかかっていた。なぜこの人は長い間これに執心なのだろうと思っていた。人から教えられて、やっと人形だとわかった。
「能面犬」、なんとなく気持ち悪い。
壁のオブジェ、愛嬌があり、たのしくなる。
この建物のお城側のテーブルとイスで、コンビニ買い食いの昼食、風が気持ち良くて最高だった。
昼食後、兼六園に向かう。
兼六園。
30数年前に女房、子供達と4人で来た時に買ったのと同じような笠が今でも売っていた。その時の笠は今でも使っている。
手入れ中。
日本武尊の銅像。西南戦争で戦死した地元の軍人の慰霊の像らしい。
金沢城跡に向かう。前に来た時は、金沢大学のキャンパスだった。現在は公園。
石川門。国の重文。
この後、3日目の予定から繰り上げて、タクシーで松井秀喜の星稜高校に記念撮影しに行った。一緒に行った人7人の内3人は大の野球ファンなので大喜びだった、いい記念になった。タクシーの運転手さんが地元の人でいろいろと詳しくて、おもしろかった。
帰りのタクシー車窓から。
駅では演奏会が行われていた。
みんなが駅で買い物をしている間、ホテルバスの待合場所で腹ごしらえ。
いったんホテルに帰って、近くの一膳飯屋的中華へ。おいしかった。予約していたのでよかったが、開店前から20人くらいならんでいた。人気店のようだ。
あちこち観光して、歩いて、たのしかった。
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