少人数の街歩きにさそってもらって、参加した。なじみのない場所でおもしろかった。
JR小山駅は新幹線も通っていて、大きな駅だ。現役時代に出向していた会社の工場があり月に1度は来ていた。水戸線のホームは地味な場所にあり、電車もボタンで開けるタイプだった。
一緒する仲間がぞくぞく乗って来た。ぼくは知らなかったが、こういうものが名物らしい。
水戸線川島駅の引っ込み線跡(車窓から)。日立化成下館工場の引っ込み線だったらしい。
下館駅は低地にあるが北側に丘陵がある。その丘と縁の部分が旧下館城の城下町だったらしい。坂を上ってそちらに向かう。
丘の南端にある妙西寺。
十九夜塔もあった。
今日の主目的は古い建物を見ること。和菓子屋さんだったので買おうと思ってはいったのだが、ばら売りはしていなくて、お使い物のみだった。しかも数の多い箱しかなくて断念した。お使い物だけで、やっていけるのだろうか。
上下の写真のいずれも閉鎖されていた。
古いお宅が多いので、現在は製造されていない型板硝子が見られる。これは「かすり」、1964年発売、旭硝子。はじめて見つけた。
時計は止まっていた。
裏側から。
羽黒神社。
ネズミが銜えているのは札束だろうか。
本堂の下にウサギがいた?
雨宿りを兼ねて板谷波山記念館にはいる。上下の写真。文化勲章を受章した陶芸家の記念館。
上下の写真は同じお店。どういう構造なのだろうか。
上の写真の牛乳店の左側の小窓の型板硝子。「サーキット」、1970年発売、現在は製造されていない、日本板硝子。
荒川家住宅、荒七酒店。昔は醤油の醸造もやっていたらしい。
裏の蔵を改造したアパート。従業員の寮だろうか。
元肥料問屋だった商家。現在は荒為というレストランになっている。ここから5枚の写真。
左の出入り口の型板硝子が下の写真。
「めばえ」、1969年発売、セントラル硝子、これも現在は製造されていない。
五行川。下館は、昔、真岡木綿の集積地として栄えた、このあたりに河岸があったらしい。雁木を思わせる護岸。
反対側には筑波山が見えた。
三峯神社なので、オオカミ。
この図を見ると丘の上はほとんどが城内のようだ。藤原秀郷が平将門と戦うために砦を作った平安時代はじめから明治になるまで続いた城らしい。
神社があった。
浄水場となりの公園。ここから丘を下って、真岡鉄道下館二高前駅から下館駅に向かう。
まず、反対方向の列車が来た。ディーゼルだ。
みんなたのしそうに 乗って行った。
下館方面が来た。
こちらもたのしそうだ。
下館駅着。
小山に出て湘南新宿ラインで帰った。たのしい一日だった。
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