東京に帰る日の8日は、この間、カルチャーセンターの日本書紀の講義で習った継体天皇陵を見学に行くことにした。継体天皇陵と言われている古墳は隣り合って2ヶ所ある。一つが宮内庁指定の「太田茶臼山古墳」で、もう一つが学問的にここだと言われている「今城塚古墳」だ。まず、JR高槻駅からタクシーで太田茶臼山古墳に行った。
宮内庁指定の古墳は見学を前提としていないので、太田茶臼山古墳古墳をぐるっと一回りしてみたが、全体を見ることが出来るのは東側のここだけだった。他の部分は環濠のきわまで住宅が建っていたり、神社の森で立ち入りできなかったりで古墳を見ることが出来なかった。遥拝所。
遥拝所の横からは前方部の北の端が見えた。トイレを借りた公民館にあった看板。
西側からは何にも見えない。これは環濠ぎわの西側の倍塚。
環濠の西側にある神社。この神社の森が続いていて立ち入り禁止。北側にある公園。この公園には倍塚が二つあった、その一つ。もう一つ。
環濠の北西側の森。北西、西、南側は崖下の低地になっている。この古墳は平野越しに淀川を眼下に望む丘のきわに作られている。環濠の北側のヘリに建つ住宅。向こうに古墳の森が見える。上下の写真。
現状は内堀の半分に水が溜まっていた。外堀は溜まっていなかった。
レプリカの埴輪がたくさん並べられている。右、南側。左、西側、前方部底辺部分。まず北方向に歩いて、西側、北側、東側、南側とぐるっと回った。右の奥に南側の張出が見える。
右、西側、前方部底辺。左、北側、奥に北側の張出が見える。
北側にやって来た。北側の展望所から見た古墳前景。右、前方部。左、後円部。
北側の張出。
後円部。北東側から。
ここは丘の上の平地部分(周りに崖はない)。
南側から。後円部。
南側の張出。左奥が前方部。右手前が後円部。古墳の中も公園で歩けるが足が疲れたのと新幹線の時間とで行かなかった。今城塚古代歴史館に寄った。
プロフィリットが使われていて、うれしくなった。
ここの受付でタクシーを呼んでもらってJR高槻駅に行った。そこから京都駅に出て新幹線に乗った。
帰りの新幹線車窓から見た富士山。
0 件のコメント:
コメントを投稿