2019年6月23日日曜日

裏川越の街歩き6月20日(木)

川越の観光名所である重要伝統的建造物保存地区(商家町)からいく筋かはいった普段は行かない裏通を中心に街歩きをした。

まずは、今日の収穫:




東武東上線の川越市駅に集合:
 こういうかっこいい車両に乗ってやって来た。

本川越駅、川越駅と比べると駅前は田舎と言う感じで、雰囲気がいい。

昔、郵便局だった昭和初めの建物。現在はタイ料理屋さんになっている。
駅前でひときわ目を引いた建物。明治の初めに開業した材木商「丹徳」の建物。建造は昭和の初め。
 一棟貸しの宿泊、予約制のランチや抹茶の喫茶もやっていた。ちょうど右奥に移っている奥様が見学受付の看板をだしているところだったので、予定外だったが、みんなで見学した。
多分、応接間だったのだろう。


 中にはいった。


凝った造りだ。
 さらに奥に見学の受付があった。
 道路に面したさっきの建物があって、蔵があって、見学する建物がある。
ここが入口。外玄関。
 内玄関。
 サンドブラストで模様をつけた凝ったガラスがはまっていた。多分、一枚一枚手作りと思う。
 一枚板の凝った模様の欄間。自然に形作られた模様だろうか?


黒檀の床柱。
 庭も立派だ。
 明治時代に伏見稲荷大社から勧請した屋敷稲荷。商売繁盛を願ったものと思う。左下の溶岩の洞はお狐様に住み着いてもらうためのものとのことだった。
 2本の大木。初代と何代目かとが、それぞれ植えたらしい。
2階の手すりも凝っていた。
 道路に面した建物の一階内部。
少し離れて見ると道路に面した建物、蔵、見学した庭に面した建物の位置がよくわかる。ひょっとすると写真の左側に建っていたマンションもお屋敷の一画に建っているのかもしれない。写真は撮り忘れたが。


 上下の写真はおなじ家。

好きな花の一つ。
 六軒町の六塚稲荷。
 隣はカトリック河越教会。



 サボテンの立派な花。うらやましい。
アザミの仲間のアーティチョーク。好きな花の一つ。
 お昼ご飯はここで天ぷら定食を食べた。集合時に予約してもらっていた。おいしかった。

食後、まわりをぐるっと歩いた。
 喜多院の西側にあたるこのあたりは、花街のあったところ。
 ここから4枚はおなじ家。「てんぬま」さんと同じく食事処になっている

 内側に色を塗っているのだろうか。目を引く窓になっている。

今は使われていないようだ。
上の写真の家の玄関灯。
突き当たりの塔はお蕎麦屋さんらしかった。

 上の写真の左の看板建築の入口。「からたち、1966年製造開始、2,4,6ミリ、日本板硝子」の型板ガラスが使われていた。ぼくが社会人になった頃はやっていた、なつかしい。
右側の2階窓ガラス。「つた、1967年製造開始、4ミリ、日本板硝子」。「からたち」も「つた」もずっと前に製造中止になっている。古い建物で使われているのを探すことにしている。



 上の写真の左側に入口。「よぞら、1988年製造開始、4ミリ?、日本板硝子」型板硝子の最後の頃の品種。

疱瘡(天然痘)、梅毒、できものの治癒を祈る稲荷神社を疱守稲荷神社というらしい。「かさもり」と読むらしい。
 発電所跡と電車の駅跡の説明があった。
駅の跡地は公民館に、発電所の跡地は東京電力の施設になっていた。
大きい「あんこ」やさんがあった。おみやげものの需要があるのだろう。
 川越城の富士見櫓跡へ。ここからは登れなかったが裏に回ると登れるようになっていた。


 富士見櫓の上から市街地を見る。

 川越城本丸御殿を見学。

 庭をねこちゃんが闊歩していた。
すごい貫禄だ。



 和菓子屋さん。

 またまたこの花が咲いていた。
ノウゼンカズラ。好きな花の一つ。
お米屋さん。
 川越氷川神社。
鯛のおみくじには若い女性の人だかりが出来ていた。


 新河岸川へ。桜の名所らしい。
 田谷堰。今は使われていない。
新河岸川(昔は赤間川)はここを直進していた。コンクリートのあたりが旧流路をせき止めた跡。現在は右にカーブして、さっきの堰を通って流れている。現在は少し上流の川越市駅近くで、赤間川の名称が新河岸川にかわっている、両方の川は同じ川。新河岸川は江戸時代から舟運に使われていた。
 東明寺。北条勢が上杉・古河勢を打ち負かせた川越夜戦のあった場所。


そのすぐ近くにあった建物。みんな気に入って撮りまくっていた。個人のお家らしかった。



 「みどり、1971年製造開始、2,4ミリ、日本板硝子」がはまっていた。


 ここから4枚の写真は同じ家。志多町の古い商家跡。使われていなくて、見学できるようになっていた。



 仏具、神具屋さん。


 上下のしゃしんは同じ家。



 今は廃れてしまった飲みや横町。一軒だけカフェに新装開店していた。
手前が新装開店のお店。今日はやってなかったがーーー。
 ここにも「よぞら、1988年製造開始、4ミリ?、日本板硝子」が。
ここには「ハイウェイ、1967年製造開始、2,4ミリ、旭硝子」が。
 イチゴを凍らせてスライスし、練乳をかけたものをかき氷と言って売っていた、少々高かったがおいしかった。目の前はハツネヤガーデンという結婚式場・レストランらしい。

太陽軒というレストラン。レトロナ建物。
子供の頃にはよく見た蛾。数十年ぶりに出会った。模様がかっこいい。
 川越観光のメインな場所に来た。サツマイモを薄く切って揚げたもの、おいしかった。隊長のおごりでみんなで食べた。まわりにはこういう風に立ち食いしている人がいっぱいいた、もちろんわれわれも立ち食い。
みんながおいしそうに立ち飲みするので、ぼくもひさしぶりに地ビールを飲んだ。おいしかった。
 川越のシンボル。


 重伝建地区のメイン通り。



 撮ってからよく見たら「撮影禁止」だった。折角とったので掲載。









この後、本川越駅近くのお土産物センターのような所でお買い物。
そこに使われていた「プロフィリット」という名称のガラス。ぼくが社会人になった当時に一時流行していろんなところで使われていたが、ひびがはいるクレームが続出して、一時は販売していなかった。聞くところによると建築デザイナーに根強い人気があって復活したらしい、現在は使用条件を検討の上で使われているらしい。ぼくは好きな製品だったので、うれしい。
 ガラスの室内側に切り絵を貼り付けたのだろうか。しゃれている。
 たくさんの看板がーーー。
本川越駅のエスカレーターの下側が透けて見えていた。
この後、有志で「焼きトン」を食べながら、懇親会。ぼくもめずらしく参加。川越市駅から電車に乗った。たのしく歩けた一日だった、隊長、みなさん、ありがとうございました。

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